この時間に帰ってきたのは久しぶり。
最近は仕事もほんの少しだけ成長したのか
記事を書くスピードが上がった気がする。
今はまだ楽しさなんて感じないけど、
誰にも添削されずに記事が書けるようになれば、
きっと今感じているやるせなさは
払拭されるんだろうな。
今日は一日が一瞬ですぎた気がする。
気は抜かずに。
今日の予定は記者発表会とインタビュー。
終ってしまえばなんともないんだけど、
あいかわらず無茶させてくれる事業部に感謝しておりますw
外人と接したことなどろくに無い自分がいきなり5人くらいの
外人に囲まれてインタビュー。
社長・副社長と名刺交換もしたりして、すっかり記者になっちまってる。
自分がまだ配属されて七日しか経ってなくても、
相手にとっての自分は紛れも無く、いっぱしの編集記者なのだ。
ビビッてるヒマなんてない。現在の自分が出せる最高の
パフォーマンスをしなければ!
プロ意識ここにあり。
今日はリリース一本と、添削していただいた記事をアップ。
やっと記事のアップのさせ方がわかりました。
明日は今日の取材記事を絶対完成させます。
インタビュー記事も出来ればいいなぁ。
そして、夜は久しぶりに同期と話しました。
職業柄、そして部署柄極端に人としゃべる機会が少ないのですが、
やっぱり同期はいいもんです。
悩みなんか共有しちゃったりして。
俺だけじゃない、みんないろんなことで悩んでる。
ちょっと勇気が出た。
そしてお互いの仕事を共有することで
自分が置かれている現状がどのようなものかわかった。
うちは結構OJT重視だ。けど、なんでも自分で考えて決めることが出来る
パワフルな環境だ。
自分で考えないと何も始まらない。だから、考えて必死に動く。
そんなことが出来るって、素晴らしいやん◎
与えられた環境を嘆くんじゃなくて
必死に喰らいついて自分の糧にすればいい。
よっしゃ、今週も走るぞ!!
出社後、リリース記事の作成。(エクセル関連の新商品)
昼からは取材、(J-SOX法を視野に入れたセキュリティサービスの話)
夕方からは取材記事の作成
22:30、仕事を残して帰宅
先輩からの要求が高い。
自分としてはこの1週間はひたすら先輩の記事を真似ることを課していた。
真似る次元は【体裁】
さっそく中身の指摘を受けた。
つながり(関連)が薄い。
主語がわからない。
というのが主な問題。
加えて、瑣末なミスを連発してしまった。
(「~である」という断定の言い切りがまだある)
明日の目標
・一度指摘を受けた所は二度と繰り返さない。
・今日の記事校正の指摘点をまとめる。
そして、目標を明確に持って仕事に望まないと
すぐに流されてしまう。
目標を明確に設定せよ。
時間軸を入れると良い。
そして、モチベーションをあげる方法を開発せよ。
・今の事業部で何を目指す?
扱う題材に興味はなくとも、基本的な記事が書けるようになること。
・Kさんの添削の負担を減らすこと。
さ、明日はリフレッシュしてのぞみますか!!
朝:昼からの議事録に向けてズーニーの本で予習
スケジューラーの設定やメール処理、リリース記事の選定など
昼:リリース起こし(SCSとDCAの業務提携)
デモ発表(エクセル系)
オンライン編集会議
夜:議事録作成
今週はとにかくどんな仕事もがむしゃらに。
最低一本は記事を書こう。
しっかしあれだ、編集会議の雰囲気重すぎ・・・
確かにピンチなのはわかってるけど、
それは変わらないわけだから、
これからどうすればいいかを考えていかないと。
今回の会議はブレストだったと気づいたのは、議事録作成の最中。
リマインダが欲しいな。
記事に関しては、なんとなく書き方のパターンはわかってきた。
あとは前後関係や文脈に注意、論理に飛躍の無い様にする。
とにかく今は習うより慣れろ。ひたすら数をこなすんだ~!!
そして、自分のメディア力をあげていこう。
それしないと人間関係で参ってしまいそうな予感。
自分からアクション起こしていくど~!
●効率性と合理性
与えられた物事を完遂するのは当たり前として、その過程の効率をいかにあげるか
またそのためにどれだけ合理的な戦略を自らで打ち出せるか。
自分のモチベーションリソースはそこにあると彼は言う。
極めてロジカルな考え方だと思うし。僕自身スピード感やテンポ、リズムを重視する傾向があることから
彼の考え方にはとても共感できる。
彼の選ぶ次のステージはそのような考え方に究極的に基づいた場所である。
全ての自称がロジックによって成立し、不条理や非合理がまかり通らない全うな場所である。
そこに集まる人の特徴を一言で言えば「当たり前のことが当たり前に出来る人」。
人間っていうずぼらな存在が一番苦手なことやね。
守るべき約束は守るとか、人に対して不愉快なことはしないとか、慣習や良識を当然のものとして扱える
人が多いのだという。
僕も「当たり前のことが当たり前に出来る人」でありたい。
●ひとつの危惧
極めて合理的で非の打ち所の無い環境にもし僕が飛び込む場合を想定すると、ある種の危惧が生じる。
全員が納得できる合理性を打ち出すということは、そこにいる人が考えることを止めてしまうのではないかという恐れだ。
周りの環境に何の不満も無いということは、その環境を無条件で許容してしまうことにつながるのではないかと思う。
「どうせ完璧な環境だし、つまるところ自分にとっての不満分子はないし」という考えに陥ってしまうことがあれば、
それは危険状態である。
常に物事に懐疑的であるべきだし、時にはその場所が持つ文化や理念に抗ってみることも必要だ。
そのためには、自分の中の譲れない確固たる判断軸が必要である。
ひとは、自分の立ち居地を常に相対化し、客観視するために、極めて「主観的」な行為である自己分析に精を出すのだろう。
「懐疑的」というキーワードについては次で述べる。
もし僕がその環境で生きていくことになるならば、完璧であるといわれるロジックに対しても懐疑的でありたい。
外見は誰にでも納得できる明快なロジックだとしても、それはある人が恣意的に作り出した、極めて巧妙なロジックたることもありえる。
僕達は判断基準を集めなければならない。直接的・間接的に情報に触れ続ける、吸収する、自分なりの判断軸を作ることこそ、僕がこれまでに貫いてきた生き方であるし、これからもそうであるだろう。
●懐疑的であれ
全ての物事に対して懐疑的であるべきだ。
就活支援に携わる人は、特に自分の活動に対して一歩引いた目線を持っていなければならない。
就職活動に「絶対」はない。その人それぞれに答えが存在するからだ。
いい気にならない、ヒーロー気取りをしない、自分なんてたいしたこと無いという意識は常に持たなければならない。
僕が就活支援に全面的に傾倒しないのは、慢心に対する恐怖感が大きい。
学生団体なんていうものに興味がある人は要注意だ。あなたはいったいそこでどういう価値を生み出している?
僕はその問いかけに答えられる明確なものを持ち合わせていない。
●アイメッセージⅣ
声高な理想や想いを語るその前に
「やるべきことを当たり前にこなす」
その責任感と楽しさが俺の原動力
(JO)
●マイメッセージⅣ
仕事の8割が誰でも出来る仕事、という彼の発言はとても共鳴した。
とある企業でアルバイトをしている僕が見る社員さんの仕事のほとんどが泥臭い仕事をしている。
イベント企画をやったときにも、仕事のほとんどが雑務であるということを実感した。
ただそれを当たり前に出来るか出来ないか、またその仕事に自分なりの付加価値を生み出すことを
意識し続けることが出来るかで、その人の社会人としての素地の出来上がり方が異なるものになるだろう。
彼は常に上をみている。だけど上を見るだけじゃ絵に描いた餅と同じであることも理解している。
だからこそ彼は基本を重視する。基礎の積み重ねこそが自分を一つ上のフェーズへ上げる唯一無二の方法であることに自覚的である。
僕もそう思う。けどこの「当たり前」のことに気づいている人は圧倒的に少ない。
「当たり前」に対する考え方を誰もが再考すべきだ。
まずは社会が求める「当たり前」に対して、高水準のリアクションをとり続ける。
それが出来るようになってはじめてオリジナリティを出せばいい。その状態になってから出ないとオリジナルは生まれない。
僕もまずは、自分の足場をしっかり固めようと思う。
●プロフェッショナルという人間
何かを極めるということは、その他の可能性という選択肢を切ることに等しい。
スペシャリストとゼネラリストという二つの道があるとするならば、僕はまず
徹底的にスペシャリストたろうとする道を歩むであろう。
時代がスペシャリストを求めているという現状もある。
かつてはゼネラリストになりたいと思っていたが、それは生半可な思いでは
実現しないことを学問を通じて実感したことも大きい。
スペシャリストになる上で捨象しなればならないもの、犠牲にしなければならない
ものが多分いくつもある。
だから、プロフェッショナルなスペシャリストは僕達フツーの人には理解できない
ZONE(領域)を持ち合わせていると思う。
僕は、自分の武器を徹底的に研ぎ澄ませていきたいと思う。
●感性を研ぎ澄ます
彼の目標のひとつに「感性を研ぎ澄ます」というものがあった。
僕はそれにとても共感を覚える。
僕は人間だけに与えられた唯一無二の特権は
「考えること」と「価値を生み出すこと」だと思う。
感性というのは「何かを感じること」「様々パルスに対して反応を示すこと」だと思う。
感性は外部からの影響に対する反応だが、意識的にそれを得ようとしない限り
実感として自分に落とし込むことは出来ないと思う。
感性はお金を生み出す。ビジネスにもなる。
機能面を重視した大量生産時代は終焉を迎え、個別化・差別化がキーになる今の時代。
クリエイティブディレクターという職種が憧れの的となり、無から有を生み出しつつ、
有を華美に飾り立てることが一種の流行とさえなっている。
佐藤可士和が脚光を浴び、「デザイン」や「ブランディング」という切り口がもてはやされる。
時代の要請は確実に昔のそれとは異なる。
これからは感性を磨かなければ生き残っていけない時代になるのかもしれない。
●自覚的であれ
自らが歩む道を選択し、そこで生きていくと決断したということに自覚的でなくてはならない。
僕は社会に出る。彼は学問の道に進む。
二人の選択は誰でもない、自分自身の選択と決断。
だったらその選択と決断が間違いにはならないように、自分が胸張って楽しいと思える
道を見つけなければならない。
学問の道に進むことで一番有益だと思うことは、「真理を探究する道筋」を徹底して学ぶことが出来ることである。
0から1を生み出す、という言葉をよく就職活動中に聞いた。
ビジネスパーソンとして、自らが価値を生み出していかなくてはならないときに考えるべきことがそれである。
学問や研究を通じて、総ての人が目指すべき価値の創出のための道筋を、長い時間
かけて自分のものにすることが出来る経験は、おそらく学部卒の人では経験することが出来ない
かけがえのないものだと思う。
社会に出るタイミングの早い遅いは関係ない。
自分がいる場所で、どれだけ自分が価値を出せるかに貪欲であること。
ともに頑張ろう。
●アイメッセージⅢ
今は卒論も終わり、次のステップへと登っていく時。
1つの区切りを終え、いろんなことをしてみたいという熱望にかられる。
やれることには限りがあるが、1分1秒を大切にして時を過ごしていきたい。
4月からは大学院に入り、2年後社会人になる予定だが、
2年後には自分がどのような姿になっているか全く予想がつかない。
期待と不安が入り混じっている状態。
そのような状態に、時には心が躍るが、時には不安が心の中を満たしてしまう。
だから、大学院の2年間をどう過ごすのかが、これからの人生の大きなキーとなってくる。
頑張れ、自分・・・。
(YS)
●マイメッセージⅢ
僕は学問の道で自分を研鑽することに限界を感じた類の人間。
だからこそ、大学院という道を選び、そこで自己を高めようとする人を見ると
とても眩しく感じてしまう。
2年というスパンなんて本当にあっという間。
一分一秒を今まで以上に大切にしないと、化石の時間を過ごしてしまうことになる。
その点に自覚的であるお前なら、きっと将来自分にとって最高の道を掴むことが出来るよ。
俺は先に社会に出るけど、キラキラした背中で物を語ることが出来るような
そういう人物になってたいと切に思ってるで。
また、語ろうや◎
●4つのパターン
人間には大きく分けて4つのタイプがあるという。
詳しくは良く分からないのだが、彼は場や人を先導しつつ、
そこに集まるものを大事にしたいタイプ。
僕は完璧な縁の下の力持ちタイプ。
全く志向の違う人が集まるからこそ、巨大な力が生み出せる。
僕達は1年以上にわたり、その力を感じ、そして発揮し続けてきた。
●自分の何を武器とする?
僕はビジネスパーソンになる上で、絶対に自分の「唯一の譲れない武器」を持っておきたい
と常々考えている。
僕の中のそれは「書くこと・読むこと」である。
それを実現させるために、レビューを書く、本を読む、毎日情報のシャワーを浴びる
ことを日課としている。
彼にとっての強さは「情報収納能力」と「頭の回転」だという。
彼がつく最初の職種は恐らく営業。
自分の武器を自覚して、それを研ぎ澄ませることで、きっと
彼にしか出来ないクオリティの仕事が出来る。
僕はこのように、その人が絶対的に信頼している自分のコアとなる部分を
聞くのが好きだ。
●つなぐひとのはなし
恋愛面においても、彼につないでもらっている。
彼のおかげで僕は今の自分のまっすぐな気持ちに気づくことができたのかもしれない。
●残すことへの貪欲さ
僕に負けず劣らず彼は残すことに執着がある、と思う。
自分の歩んできた道をひとつひとつ噛み締めるように、残してきたものに何より
思いを入れる。
その人の手帳を見れば、その人の考えは一目瞭然である。
彼には、もっと自由と裁量権が与えられる手帳が好ましいのかもしれない。
●ボクノオト
人より過敏に足りないものに気づいてしまうものだから、
それを埋めようとして、時に自分を押し殺していることがある。
もっと違う役割がしたい自分を、もっと違う価値を生み出したいと思っている自分を。
思わずどきっとさせられた。
僕が担う役割は、角度を変えてみるととても損な役割であると思う。
でもその役割を担わないよりは、担う方が絶対いい。
そしてこの役割を自ら進んで担ってくれるやつが友達にいる。
あいつには勝てないなぁ。
●アイメッセージⅡ
人とのつながり、居場所、これが俺の生き方。
これを探し求めて生きていく。
人の為、自分の為、どっちでもいいけど
みんなが集まるような場所、と
その中心にいつもいたいと思う。
人に慕われるような人間になるで!
仕事の中では、人や場所を支援するような、
「そこに人がいる」仕事をする。
あなたはそんな自分が好きですか?
(YF)
●マイメッセージⅡ
彼の生き様は、活動をともにすることで感じている。
彼が残した言葉のとおりだと思う。
金に執着は無い、自分がバリューを生み出せるようになること、
に興味があるという言葉が耳から離れない。
彼の想いを聞きながら、自分の立ち居地を見直していた。
やっぱり、僕は黒子でいたい。
みんなの手の届かない場所を補完する、そんな人物でありたい。
たった30分ほどの会話の中で、これだけの気づきを得られるのは
とてもバリューがあると思う。
そういう人物でありたい、と切に願う。
●協調性が大事というお話
相手のことを考えられないわがままは
最低の行為だと思ってしまう。
わがままを無条件で受け入れてくれるひとがいいってよくいうけど
それは違うと思う。
そう考えてしまう僕たちは、まだ靴紐さえ満足に結べない子供なのかな。
お互いがお互いのことを理解し、信頼しあえるようになった後の
わがままなら、いくらでも受け止めるのにね。
●ひとりひとり流れているものが違うのに、それで何を判断するつもり?
血液型なんてもんに二人の関係がしばられるわけない
血液型なんてもんは二人の関係が出来上がってからの
事実関係の確認行為にすぎない
●生き残るための処方箋
大学も、企業も、みんな格差社会。
このサバイバル名な世界を生き抜いてゆくために、
自分にとってこれだけはゆずれないって心底信じられるそれを
大事にして磨き続けていかなければならない
あなたにとってのそれは「語学・研究」であり
俺にとってのそれは「読むことと書くこと」だ。
●あるあるないない、どっちをとる?
納豆が街から消えた?
新卒は売り手市場?
その情報はどこから手に入れたの?
大衆を扇動する情報に対するリテラシ能力は、
国民の「民度」にかかっている。
俺らは残念ながら、大衆を煽り立てるシステムを破壊する力を持ち合わせていない。
せめて、自分の身の回りの目の届く範囲で、
容赦なく浴びせられる情報たちを、とりあえず疑ってみようや。
●アイメッセージ
今すぐじゃなくても、
5年先、10年先、
こうなりたい
って思う自分になれればいいなって思ってる。
だから今は、自分は「結果」じゃなくて
「経験」できればいいのです。
けれど、人生はいつ終るか分からないから
常に前を向かなきゃいけない。
今日はこれだけのことをした
っていえる生活、生き方をしなきゃ
って思います
(MM)
●アイメッセージⅡ
圧倒的な速さで流れる時のなかで
僕達は今日おこった様々なことを、
いつの間にか忘れてしまうかもしれない。
その中には、
たいせつなものも、そうでないものも含まれている。
それが判別できずに、破れたポケットを縫おうとしない。
結果を求めることを急ぎすぎていたのかな。
最近の自分は特にそういう思考が目立つ。
でも
たまには立ち止まって、
周りの景色を楽しむ余裕を持って
それからまた歩き出せばいい。
それが轍となり、道となって、
僕らが歩んだ軌跡が
後についてくるひとたちのために
輝きを放つから。
大切なのは、
どんな道をどのように作るのかを
日々考え、改善し、
実際に作っていくこと。
そういうものなのかもね。
直島に向かうフェリーから見える風景
直島に着くやいなや、僕たちをお出迎えしてくれる
赤色のかぼちゃと白のカラーコーンの大群
白の世界にどっぷりと入り浸ってみる
直島ツアーのはじまりを予感させるオブジェ
山肌の元に洞窟がありました。
海岸の上の道路から見える風景
直島という街(モデルがいいですね◎)
点在するサインを見つけるだけで、わくわくしてきます
地中美術館チケットセンター
案内の方の髪型がすでにアートでした。
霞む山々、光の射すほうへ
無秩序の中にあるミーニングレスな秩序
蒼
波打ち際で圧倒的な存在感を放つオブジェ
遊び心、茶目っ気の溢れる空間でした
自らアートを作ってみたり
無意味さがいいんです。
意味なんて、必要ないんです。
とてつもない求心力を放つかぼちゃ。
見た人全員がこのアートに接近するはず。
ガス欠!?
旅のお供にはキューブ!(宣伝)
何気ない風景ですが、大阪にいるときは
あまり感じることの無い感動を覚えます。
この偶然の出逢いに乾杯
さぬきうどん。おいしいね◎
淡路島を越えるところ
容赦ない自然に抗ってみる
直島、まだ味わいきれていない。
なんとかもう一度行けないものか。。。
行きたいぞ。
on 新米編集記者として【21日目】